十角館の殺人
□引用(ネタバレはありません)
小賢しい計算による予測が十全に通用するには、あまりにもこの世界は偶然に満ちすぎている。
黒くうずくまる夜の海に向かって、彼はゆるりと首を振った。
殺意なんていう極端な感情を長く心に維持し続けるのは、普通に想像するよりも遥かに大変なことだ(中略)人間の神経はそれほど強靭にできてはいないと思うんですよ
鎧戸の隙間から射し込む行く筋かの光線が、鋭利な刃物のように闇を切り裂いている。
□メモ
エラリー、たまに眼鏡するタイプの男???ありがとう
※以下ネタバレあり※
□引用
彼女を島に閉じこめてしまいたかった
彼はね、義姉を殺したから死んだんじゃない。自分がこれ以上、今のままの状態で生きてはいられないから、彼女を一緒に連れていったんだ
□感想
いや〜面白かった〜!!読んでよかった〜!
・エラリーが好き
探偵役なら死なないかなって淡い期待をしてしまった、エラリ〜!!
よりによって焼死だよ 辛い
彼が名探偵にはなりきれなかったところ、辛くて悲しくて大好き
読者へのミスリードの為でもあるんだろうけど、彼が華麗に事件を解決してくれるんじゃないかって期待させておいて
実態は、推理外すし、警戒心低すぎるし、自分が睡眠薬飲まされた時でさえ「急に眠気が……ハッこれは!まさか!ヴァンお前ッ!?」とならずに「気が緩んでしまったみたいだ、ヴァンは大丈夫か?」って人の心配してるし……そいつやで犯人……
洒落で人を殺しそうってポーに言われた時、複雑そうな顔してたけど、分かりにくいだけで仲間思いの子だったんじゃないかなあ
推理についても、平等に全ての可能性を検討しているようでいて、外部犯であって欲しいって気持ちが作用してしまったのかも
ルルウ曰く、アガサが作ったご飯を疑いなく真っ先に口つけてたみたいだしなあ
ポーからタバコ貰って吸うし
仲間のことを心底からは疑えなかったんだね、それは欠落でもあると思うけど愛おしいよ、エラリー……
焼死させられる時、目覚めそうな気配があったところがめちゃくちゃ辛くて。
眠りの中でいつの間にか死んでた、とはならず、場合によっては自分が焼けていく様を自覚し苦痛の中で死んでいったかもしれないよね。うう……
絞殺も毒殺も撲殺も苦しそうだけど、ダントツで焼死が嫌だな私は……怖いじゃん……
そこまでされるようなこと彼はしたんかなあ。
エラリーに限らずだけど。
無理に千織ちゃんにお酒勧めるような子たちに見えないのがなあ。
実際にどうだったのかは描かれてなくて、それはミス研のみんなを読者が好きになれるように敢えて伏せられているのかもしれないけど。
彼らの受けた報復が割にあったものと感じられず、でも死に方はかなり鮮明に描かれるしエグくて辛い。そこがまた良し。
・犯人の性格が癖
まず冒頭、完璧な計画なんてものを立てるのは土台無理な話だから柔軟な対応をしよう、っていう発想が好き。リアルだなと思った。
1人ならともかく6人もの人間を順に殺していくってなると、そりゃ予想してないようなハプニングは起こるよねえ。
そして綺麗な緑のガラス瓶に「良心」を詰めて海へ捨てるところ、だいすき。
なんて人間的なんだろうと思って。
自分の運命を天に委ねるって心の動き、個人的にめちゃくちゃ共感できるんだよなあ。
これは後からわかることだけど、ヴァンは人の心に無遠慮に踏み入るようなことを好まず、人の痛みを想像できる優しさと正義感がある子で、
その良心を捨ててでも残忍になりたかったのか、と思うと辛いし
その正義感は間違いなく自分にも向けられていて、自分の行為を正当化することもできず、
裁きを天に委ね、最後には海から帰ってきた自らの良心に裁かれる、という流れ、めちゃくちゃ美しいじゃん。好き。
最後、凪いだような顔をしているのもめちゃくちゃ好き!!
憑き物が落ちたように見えて。悪人になりきれる子じゃなかったんだな〜と思う。
でもきっと瓶が帰ってこなければ完全犯罪を貫き通しただろうな。こうと決めたことをやり遂げられてしまう胆力が、すごく潔癖さを感じて好きなんだよなあ……。
6人もの殺人を完遂できたのは、胆力があるゆえだとも思うけど、計画を実行し始めたら後戻りするより仕事をやり遂げるほうが気持ち的に楽だったんじゃないかなという気もする。
これはそういう描写があったとかじゃなく、完全に個人的な推測。
体調悪い中ボートで島を往復したり、かなり無茶なことしてるけれども……
恨みの気持ちに駆り立てられて、そこまでやれた、というより
立ち止まってしまうことのほうが恐ろしかったんじゃないかなあ。
良心、海に捨てたからって本当に心から消えるわけでもないし。我に返ってしまったら心が壊れてしまうから、始めたことをやり遂げるしか道がなかったのかも。
途中でもう死体を見るのが嫌で精神に不調をきたすところいいね。その場の誰よりも追い詰められてて。癖すぎる。ありがとう。
1番の癖ポイントは、推理を披露した時に「殺意なんてものを長く持ち続けるのは大変なことなのではないか」って言っておきながら、自分はその大変なことをしていたところ。
ずーっと殺意を抱えてたわけではないだろうけど。絶望があって、そこに「復讐できるかもしれない機会」が舞い込んできた時に、殺意という形をとったんだろう。
だとして、殺しを実行するには至らないまでも、殺意と呼べるだけの恨みは、本当にずっと、抱え続けていたんだろうな。
だからこそ、「普通に想像するより大変なこと」と言えたのかな。恨み続けるって苦しいことだから。その実感が伴った言葉だったのかな。
個人的な話をすると本当に身を焼かれるような憎しみ殺意で苦しんだことがあるけど、あんな感情、ずっと抱えてたら気が狂うよ。
どんなに恨んでも、それで苦しむのは相手じゃなく自分だからなあ。
そんな気持ちを抱え続けたヴァン……両親も妹も殺されてて唯一の救いの彼女も殺されたってなったら、まあ、そうか……辛いね。好きだよ。
千織に関しては、殺された、のかは微妙なとこだけど。そう思いたかったのかなあ。せめて恨みたいよね、誰かを。何も恨めないほうが更に苦しいからね。
・中村青司
ずっと影のようにつきまとう青司、良い。
かなりのヤンデレだったと判明した時に興奮しました。
建築の天才で風変わりな建物ばっか作って性格は欠けたとこがあって人をうまく愛せなくて妻に異様な執着をして弟に妻を寝取られ妻を殺し使用人たちも自分たちの旅路への供物であるかのように殺し自死する男。
そんな特大闇深ヤンデレが登場するとか聞いてないですよ。いいですね。彼メインの話のほうが癖だったかもしれん。
弟にかけた電話で言ってた、次のステージへ行くだとか闇の祝福がどうとか、オカルト方面に足突っ込んでる方なんだな〜ってとこがまた良かった。
そういう発想、気が狂ったからって急に湧いて出ないだろうからね。
十角館にしても、なにかしらのオカルティズムの思想から建ててる可能性ある。いいね〜。
・他
噂に聞く「驚愕の一行」は本当に驚愕した!
予想を裏切られる興奮ってたまらんね。脳汁出る。
ミステリは良い。
なんだけど、個人的に、更にもう一歩踏み込んで精神がひりつくような心理描写を期待してたっぽい。
例えば千織が死んだのは本当にただただ事故で、誰も悪くなくて、むしろミス研のみんなは千織を介抱してた側だった、とか。
全員殺したあとでその事実を知ることになるヴァンの絶望、とか見たかったんよなあ!趣味が悪い
千織が飲みすぎたのはヴァンとの関係に悩んでいたからってのもアリだよね〜!
だって千織おいて先に帰る男だよ?体が弱くて酒を無理に飲めないって知ってたら、私ならよっぽどのことがなければ置いて帰らないな。心配だから。
それやらかしたってことは、今までも何かやらかしててもおかしくないじゃん?彼女が死んだからこそ反省してたけど、死ななければ反省することなく繰り返したと思うもの。
俺のせいだったのか、ってなるヴァン見たい〜!!
まあそこまでやっちゃうと、ミステリっていうより、なんか違う趣旨の小説になっちゃうか。
でも心理描写は弱めの作品だったな〜とは思う。人物の掘り下げが少なくて。
舞台装置と駒がある感じ。
単純にトリックの面白さを楽しむより、人を殺したり殺されそうになったりする特異な場面での人間の心の動きを見るのが好きなんだろうなあ私。
十角館にしても、ただ変わり者の建築家が建てた変わった建物としてしか存在してなくて。
もっとこう、十角である理由とか、青司の思想とか、説明があるほうが個人的に好きだなあ。
そういったところはちょっと期待はずれだった、とはいえ、想像で補完して楽しみました。
オタクの想像力は豊か。
あと女の子が台所仕事するのが当たり前な感じとか、男性的な性格と描写されてたアガサがヒステリーを起こすところとか、煙草を海に捨てるとことか、正直に言うとほんのりと不快。
仕方ないんだけどね。そういう時代だったんだな〜と思う。