sweet vanilla

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夢日記 俺たちのアリス

古錆びた部屋。私は机の後ろに隠れている。
ここが何処なのかは知らない。洋風の木造建築で、いくつもの部屋が連なる大きな建物だということだけは知っている。
建物の中には「化け物」が闊歩している。開いたドアの向こう側、廊下を帽子屋と白ウサギが歩いている。
化け物たちは不思議の国のアリスのキャラクターがモチーフとなっているようだ。

やたらとデザインが禍々しい。荒々しい筆致のペン画に、雑に着色したような存在。白ウサギは片目が少し飛び出ている。元からそういうデザインなのではなくて、描き手がぐりぐりと雑に描くものだから、目玉が飛び出ているように見えてしまっている、そんな様子だ。彼等が絵だとするなら、描き手の精神状態がちょっと心配になる。

化け物以外のデザインは現実世界と変わらずちゃんとしていた。

私は彼らから見つからないよう、部屋の隅の机の後ろでブランケットを被っている。こんなもので隠れられるとは思えない。しかし他に隠れる場所も見当たらない。


白ウサギと帽子屋、のような化け物、が部屋に入ってくる。

何かを探している様子だ。

息を飲む。
しかし私の隠れ方は本当に杜撰で、ブランケットから足が出てしまっていた。
白い靴下に黒いパンプス。どこか幼い子供の足に見える。まるでアリスのようだ。

……私はアリスなのか。そんな主要なキャラクターなら、彼らの探しものは私である可能性がある。もっと真面目に隠れなければ。

そうは思っても、もう彼等は目の前まで迫っていた。

大きな背を屈め、机の下を覗き込んでくる。

 

しかし彼等は何もしてこなかった。私の存在は無視して相変わらず何かを探し回っている。私が見えていないのか。それとも単に興味がないのか。

拍子抜けしていると、今まで私など眼中になさそうだった白ウサギがこちらを見た。

「何をしているんだい」

何って。君たちから隠れていたつもりですが。返答に窮する。

「君も手伝ってくれないか」

一緒に何かを探せと言っている。

そこで気がつく。私は三月ウサギだ。

そういえば、そうだった。

立ち上がると、やたらと大きく見えた白ウサギよりも自分のほうが背が高かった。今背が伸びたのか、最初からこうであったのか。

自分の体を見る。白い靴下に黒い靴、そんなものは幻想だ。俺の体は景気よく、原色のオレンジや緑に光っている。気分がいい。そうとわかってしまえば何も怖いものなどない。俺は化け物、はなからこっちの側なのだ。俺を襲うものなどいない。

「いや悪い、ぼうっとしていた」

「本当だよ、君ったら人形みたいに動かなくって、どうしたのかと思ったよ」

「すまんすまん」

探し物はわかっている。○○だ。俺は隣の部屋へ行き、ガラクタの中をゴソゴソやったが見つからない。とりあえず元の部屋へ戻って白ウサギたちと合流すると、別の部屋から仲間のひとりが慌てて駆け込んできた。

「大変だ、アリスが熱を出したんだ」

「なんだって」

ああ、俺たちのアリス。君がいなくてはおしまいだ。

今日はピアノの発表会。アリスはここで俺たちと、たいへん熱心に練習をした。俺たちも彼女のためにずっとずっと準備してきた。

それなのに。全てがぱあだ。彼女がいないんじゃ、俺たちは人間の行事なんかに興味はない。

ああ俺たちのアリス。具合はどうなんだ。少しでもピアノは弾けないものか。何とかしてやりたいが。

 

こちらに向かってくる車があると、仲間からの報告。

透視を使って外を見る。暗く湿った空気だ。たぶん夜で、雨でも降ったのだ。ここはいつでも晴れているのに。外の世界とは陰気なものだ。

曲がり角からトラックが一台、慌てたように突っ込んでくる。車の中までは透視できなかったが、俺にはわかった。中にアリスが乗っている。

俺たちは迎えに行った。運転手の男は彼女の親でも教師でもなく、ただ頼まれただけだと言って、やたらと汗をかいている。事情をなんにも呑み込めていない、使えない人間だ。アリスを俺たちに渡すとすぐに帰ってしまった。

アリスは布に包まれて、荒い息をしていた。目をつむっている。眠っているのか。頬が赤い。苦しそうだ。仲間のひとりが彼女を抱き抱え、オロオロしている。こんな時にどうしたものだか俺たちは知らない。ピアノを弾けそうにないことは分かった。

「ああアリス、かわいそうに」

「彼女の名前、なんだった?」

「本名か。確かタニナカ……」

「ナカタニじゃないか?」

俺は彼女が通う学校の名簿を見る。彼女の本名は中谷○○だ。人間としての知識も必要になる。覚えておこう。(しかし下の名前は思い出せない)

アリスが目を覚ます気配があった。目はほとんど開いていないが、ほんの少し微笑んでいる。何を笑うことがある。

「いいことがあったよ」

とアリス。聞けば、クラスメイトからたくさん手紙をもらったのだそうだ。色とりどり、犬や猫の形に折られた便箋。ピアノがんばってね。早くよくなるといいね。彼女が体調を崩したから、そのお見舞いに、教師が生徒に書かせたものだった。その中には、俺たちからの手紙も混ざっている。けれど彼女が話すのは、クラスメイトからもらった手紙のことばかり。

俺たちはいつだって、眠る彼女の枕元にたくさんの手紙を置いたんだ。動物の形には折れないが、カラフルなペンで模様を書いた。可愛いだろう。

今まで彼女に手紙を書くのは俺たちだけだった。なのに熱を出した途端にこれだ。どうせ心なんてこもっていない。教師に書かされただけの手紙。そんなもののほうがお前は嬉しいのか。アリス。

お前はここにいるべきではないのだろうか。

そんなこと俺は知らない。ここにいればいい。ずっと。発表会は中止だ。ピアノなんて弾かなくていい。今は眠れ。アリス。俺たちがついている。お前にはずっと俺たちがついている。アリス。